INTERVIEW

「自分らしい生き方」を
かなえている卒業生

~専門的・技術的職業従事者~

秀英で体験する勉強・行事・部活動の
ひとつひとつを大切に、あなただけの
未来へのロードマップを描いてください。

操縦士/運航乗務員 河野 秀紀

1997年4月昭和学院秀英中学校入学、2003年3月昭和学院秀英高等学校卒業。2006年芝浦工業大学電子工学部卒。2007年ANAウイングス株式会社入社。現在、機長として活躍。
(2021年取材当時)

操縦士/運航乗務員 河野 有紀

1998年4月昭和学院秀英中学校入学、2004年3月昭和学院秀英高等学校卒業。2004年千葉大学工学部入学。2010年航空大学校飛行機操縦科卒。2010年日本トランスオーシャン航空株式会社入社。2015年春秋航空日本株式会社入社。現在、副操縦士として活躍。
(2021年取材当時)

2003年卒業の河野秀紀さん、2004年卒業の河野有紀さん兄妹は旅客機のパイロット。
ともに秀英で中学高校の6年間を過ごし、授業で学んだこと、様々な行事体験、知り合った友が
今も財産になっているという二人にお話を伺いました。(2021年取材当時)

Q1. 入学当初、学校の雰囲気はいかがでしたか?

秀紀 自分の生まれた年と、秀英の設立年が近く、まだ新しい学校なので新鮮な気持ちで通学できると思い受験しました。在学中は校舎が増設され、年を経るごとに生徒数も増え、学校に活気を感じていました。どの時間帯も校舎の内外に授業や部活動で活動する生徒がいて、常に賑やかな雰囲気でした。
有紀 入学して感じたのは、先生との距離がとても近いということです。授業でわからないことがあっても、先生に気軽に質問できる雰囲気がありました。また、同級生は、とても個性豊かでした。それぞれ得意な分野を持っていて、それぞれに頑張っている姿に刺激を受けました。

Q2. 学校生活で印象に残っていることは何ですか?

秀紀 高校1年の「雄飛祭」にクラスで演劇の出し物をしました。当時のドラマのパロディですが、ストーリーは自分たちで練り上げたオリジナルです。今振り返ると、拙いシナリオだったと思いますが、皆で夢中で創り上げました。準備を進めていく中、小道具などを買い出しに行くワクワク感や放課後に作業する特別感を、クラスの皆と共有することができました。
「雄飛祭」本番では教室に入りきれないほどの人が集まり、大盛況。その年の「雄飛祭」で一番面白い出し物に選ばれました。
有紀 私は、高校1年の夏、アメリカ・スポケーンでのホームステイ経験です。同学年の友人とともに、2週間半もの時間を海外で過ごす楽しさ、学んだ英語を実用的に使える機会は、その後の英語学習へのモチベーションになりました。

Q3. 秀英での学びが、今も役立っていることはありますか?

秀紀 パイロットの仕事に関していえば、秀英の授業で学んだ知識は、今も幅広く役立っています。例えば、数学、物理、地理、英語で学んだ様々な知識です。それらを活用する機会が、仕事の中で多くあります。秀英の6年間、私は決して優秀な生徒ではありませんでした。というのも実社会で使う知識と、中学高校の授業で習う知識が結びつくとは思っていなかったからです。できることなら、改めて授業を受け直したいぐらいです。
私生活に関していえば、秀英の友達は今でも連絡を取り合っています。中高6年間をともに過ごしたかけがえのない仲間とは、卒業後も親密な付き合いが続いています。
有紀 秀英での学業や運動部で培った体力は、全般的に今のパイロットの仕事や生活の礎になっています。また社会人にとって、仕事と家庭、趣味のバランスは大事ですが、その基礎を学んだのも秀英だと思っています。
そして現在、様々な分野で活躍している個性豊かな秀英の同級生たちとの関係性を築けたことも、大人になってからでは得がたい大きな財産となっています。

ADVICE &
  MESSAGE

これから秀英生になる後輩たちへのメッセージ!!

秀紀 秀英で過ごした6年間は、とても充実した時間でした。出会った友は一生の友になり、秀英で学んだことは一生の知識として活かされています。秀英は、自分が夢中になれる何かを見つけられる学校だと思います。秀英生である時間を楽しんでください。
有紀 中学高校の6年間で出会う人や出来事は、自分を形成する上でとても大切です。秀英で得られる知識や仲間が将来の自分の力になります。秀英の学校生活が、将来の自分の力になることを信じて、充実した時間を過ごしてください。(敬称略)